わたしだけの暮らし

退院の日が近づいてきた。東京でまた社会に見捨てられないようにしがみつく日々が始まると思うと不安でしかたがない。もうあとひとつでも間違えてしまうとどこにも戻れない気がする。ひとりでどうにかしなければいけないけど、なにひとつ失敗してはいけない緊張感がある。例えば電車を乗り間違えてしまっただけでもう何にもやり直せない気がする。自分に追い詰められている。


人生のことを考えると焦ってしまう。お金はどうなるのだろう。保険は一回目の入院しか対応していなかった。入院代を払って、通院費を払って、引っ越し代を払わなければならない。

わたし以外の人でわたしの今後の生活について話が進んでいく。わたしを側に置いておきたい人の側にいることがどうしてもできない。家族(らしい)付き合いがどうしてもできない。わたしは誰とも親しくなれないまま「あーあ、今日もだめだった」と家路につく暮らしを愛していたのかもしれない。さみしい暮らしは孤独に苛まれることはあっても、集団に馴染めずどうやって息をすれば良いかわからなくなることはない。孤独な暮らしを選ぶことで尊厳を守っていた。自分で自分の暮らしを選択する権利がないのは思っていたよりもつらい。