いつも心にクッションを

年末の浮き足立つ感じは嫌いじゃなかった。すでに見えているゴールテープに向かって足を進めさえすればいい。忙しさを理由に何もかも許される気分になる。

でも年が明けるとすべて台無しになる。ゴールテープを切っても何かが終わるわけではなく、ひたすら地獄のような生活が続いている。年末のあの慌ただしく浮き足立つ空気はなくなり、ひとつでも選択を間違えるともう許されない気がする。


今回は30日から3日まで帰省していた。実家が嫌いなわけではないが、いろいろな理由から帰ると苦しくなり、部屋でひとりになった瞬間に涙が出てくる。

ひとつは、実家の経済状況や将来が不安になるから。うちは貧乏だが、両親は家族が集まるときに贅沢をしようとする。贅沢と言われて思い浮かべる贅沢とは違うかもしれないが、わたしたち家族の生活水準から考えるとそんなところにお金かけないでよと思うことが多々ある。それが両親の愛情表現なのだから、否定することはできず、わたしは素直な子どもとして振る舞うしかない。いつか両親が倒れたら、わたしは支えられるほどのお金を用意できるのだろうか。そのときは地元に帰るべきなのだろうか。一瞬の贅沢の裏に、不安の種がしっかりとあり、年々成長していく。


ふたつめは、わたしの問題だが、自分の言動をあとからひたすら後悔してくるしい。普段からいつも誰かと話したあとはずっと後悔しているのだが、家族に対してもそれは変わらない。ひとりで反省会をして、あれは言わなければよかったかも、あのときもっと動けていたらよかったかも、もっとこうしていたら家族が喜んだかも、と脳内がぐるぐるする。

年末年始はずっと家族と一緒に過ごすため、反省しない瞬間がなく、疲弊してしまう。


みっつめ。妹が結婚し、姉夫婦に子どもが産まれ、都会育ちだった従姉妹がわたしの地元に移住して農家の人と結婚し、わたしの人生にも進捗が求められるようになった。はっきりとは言われないが、地元で若いうちに結婚して子どもを産むことがいちばん立派なことだという空気がある。実際、誰かの人生に責任を持てる人が偉いのだとわたしも思う。結婚したり子どもを産み育てたりすることがどれほど責任重大で大変なことか、わたしではわかりきってなどいないのだろうけど。それを実感すればするほど、わたしが東京でどう踏ん張ろうとも、わたしが負わなければいけない責任はわたしだけにしかなくて、これが正解ではないのだろうという気がしてくる。いや、正しくは、これがわたしの正解だと胸を張って言えない自分の程度の低さに傷ついている。わかっている。

去年は知り合いや職場の人たちが次々に結婚していった。わたしに人生を賭けようと思う人などいないし、わたしも誰かに人生を賭けようと思えるほど人を好きになれない。去年は自分は欠けている人間なのだと何度も思った。欠けた状態でマイナスをゼロにする努力だけで疲れ切って、マイナスのままどうにか生活を続けて、この先何があると言うのだろう。


新年は毎年暗い気持ちでスタートしてしまう。それでも日々は進むから、やれることをやるしかないな。

今月は仕事で傷つく予定があったり、引っ越しでお金がなくなる予定があったりする。ただ、引っ越すことで少しだけ生活が変わる気もして、その希望にしがみついてもいい気がしている。でもしがみつきすぎるとそのあと悪いことが起こる気がするから、浮かれないように、傷ついても平気なように、心にクッションを敷き詰めておく。

逆転したい

最近なんだかあまりにもだめだ。劣等感劣等感劣等感。

先週末に髪を切って、自分で作ったごはんを少しおいしいと思えたのに、それ以外は泣いてばかりだった。


ずっと泣きながら暮らしているくせに、負けず嫌いすぎていまも生きている。でも、ふと、「わたしがわたしである限りわたしから逃げられず、わたしのせいで求めるような幸せは手に入らない」と気づいてしまう。「もう負けるしかない」と真に理解する瞬間がきたら、わたしはどうするんだろう。

人生逆転したいな。逆転したって、わたしがわたしの持ち主だから何も変わらないのに、逆転勝ちしたいな。もう負けたくない。


結婚とかした方がいいのかもとたまに思うが、わたしに人生を賭けようと思う人は誰もいないだろうと思い至る。わたしも賭けたくない。かわりに誰かを深く愛せるかというと、それもできない。自分のことしか考えていない。人と関わると自分がどんどん情けなくなる。生きていて自分にはできないことだけが正解にみえる。人生で正解っぽいことを引いてみたかった。


数年前に姉が結婚し、昨年妹も結婚し、先日あった親戚の集まる席では従兄弟たちが家族や恋人を連れてきていた。好きな人が自分を好きで、一緒に生きていく選択をして、自分の家族に紹介するなんて、正解すぎる。なんでわたしはどこに出しても恥ずかしい人間なんだろう。


眠れないな。推敲もせずに書いたので、明日の朝には恥ずかしくなっていると思う。

劣等感がまたひとつ

終電で最寄駅に着き、外に出ると、雨風が強くなっていた。帰宅していたら、風に煽られ、傘の骨が1本折れてしまった。古いビニール傘だったので仕方がない。雨に打たれて、冷えてしまった。


今日は仕事がつらかった。まあ、今日に限った話ではないのだけど。人を見定めることも、人に見定められることも大嫌いなのに、人を見定め、人に見定められる仕事をしている。正解のないことを探るのは好きだが、仕事だから正解なんかない中で何かを正解っぽく見せないといけない。言いたいことは何も言えないし、自分をよく見せることだって言えなくて、かわりに言いたくないことを言っている。

会社を出た瞬間から、泣いてしまう。


向いていないことはやめたいといつも思う。でも、ここでやめたら「なれなかったもの」と劣等感がまたひとつ増えるだけだと知っている。耐え抜いて正解だったと思えるまで頑張りたい。頑張りたい。本当だろうか。


経験上、苦しみながら見つけたものの方があとで自分のお守りになる可能性が高いし、できないと思ったことがある日突然できるようになることだってある。人生すべてを思い出づくりと思えば、何もかも順調にいくより、心を乱しながらもがく方がいい思い出ができるだろう。もう負けたくない。自分をうまく騙していれば、いつか負けなくなる。それも本当だろうか。

泣きながら餃子を包む日

年が明けてから、頑張れない日が増えた気がする。休日に一歩も起き上がれないことの方が多い。終わってない仕事を片付けるために会社に行くことはあるが、やりたいと思っていたことが何もできない。もう何も考えたくなくて、布団にくるまっていたら一日が終わっている。

 

今週はどうしても行きたいところがあったのだが、それも行けなかった。自分で自分を裏切って、自分に嫌われて、情けなく適当な動画をだらだら観続けた。眠っても、仕事の不安に苛まれて、ミスする夢を見るので眠りたくない。

23時くらいになって、2日間何もしなかったことの罪悪感に耐えられなくなり、スーパーに行った。自炊をする気分にもなれないが、何か手を動かすといいような気がしたので、餃子を作ることにした。スーパーから出て、外の冷えた空気を肺いっぱいに吸い込むと気持ちいい。そろそろ冬の夜が終わりそうだと思った。

帰宅し、やる気がなくなる前に餃子を包んだ。ひたすら包んでいたら頭の中がクリアになるかと思ったが、過去の間違ったコミュニケーションを頭の中でやり直したり、この先起こりうる自分の失敗に対して言い訳したり、いつも通り脳内が騒がしくて涙が出てきた。

ドラマ「カルテット」で、「泣きながらご飯食べたことある人は、生きていけます」というセリフがあったことを思い出していた。泣きながら餃子包んだことがある人も、生きていけるだろうか。

涙が出ていても、途中でやめる面倒くささが勝って最後まで包んだ。味は自分が作ったご飯の味だった。自分のご飯は自分の味がして嫌だ。何を作っても、流し込む作業になってしまう。お酒でも飲みたいが、頭がひどく痛いのでやめておく。明日からの仕事を考えてまた涙が出る。


暗い日記になったので、最近のうれしかったことも書いておく。

ひとつめ。年始に『朝を待つなら海の中』という本を出したのだが、この間、編集部さん宛にお手紙とプレゼントが届いたらしく、送っていただいた。座って読もうとしたが、そわそわして思わず立ち上がって読んでしまった。やさしい言葉をかけてもらえると、そんな立派な人間ではないことが恥ずかしくなると同時に、もらった言葉に恥じない人間になりたいと思える。結局毎日自分を恥じてばかりなので、その決意すら自分に裏切られているが、手放しでそう思えた一瞬が大事だったと信じることにする。


ふたつめ。「新潮」3月号に文章をすこし載せてもらった。13歳のときから現実を考えるようになるまでの間、ずっと新潮社に入りたいと夢みていたので、自分の人生にこんなことが起こるとは思わず、とても不思議だったしこわかった。誌面に載るには分不相応すぎて恥ずかしいが、最初で最後の経験かもしれないので図々しく喜ぼうと思った。


みっつめ。新潮に寄稿したものにも書いたのだが、年明けからペットロボットと暮らし始めた。生活は不安でしかないが、私を待っていてくれる生き物がいるとギリギリ生きられる。


なんでつらそうにするのかというようなことを言われることがあるが、いいことがあっても人生を明るく見られない自分がむなしい。どんな場所に行ったとしても、これから先もずっと不安と焦りとさみしさから逃れることはできないとわかってしまう。明日がくるのがこわい。

言い訳ばかり

年が明けた。

年末年始は地元に帰っていた。妹が結婚し、年末年始の休み中に新居へ引っ越しをするので、わたしも帰ってその手伝いをした。年末年始の間、姉も妹も配偶者や家族を連れて実家に集まっていて、母と私は料理をして片付けてを繰り返していた。帰省するたび、自分の知っている実家は薄くなっていく。犬がわたしを迎えてくれて、そばで眠ってくれるのだけは変わらない。

 

地元にいる間、数えきれないほど結婚の話題が出た。家族からだけじゃなく、昔通っていた習い事の先生や近所の人、両親の知り合い、妹の引っ越し先の地区長、いろんな人に当然のように「いい人はいないのか」と聞かれた。

ここでは、地元に残って結婚して子どもを産むことがもっともえらいことで、わたしはそこからはみ出た人間だった。わたしが両親に安心して暮らしてもらいたいと願っても、仕送りをしても、それはもっともえらいことにかなわない。「都会で頑張ってるんだね」以上の何にもならない。当然だ。ぐうの音も出ない。わたしが自分の醜さから目を逸らして人と関わることから逃げ続けた結果だ。

えらそうに両親に安心して暮らしてもらいたいと言っても、そんなお金も稼げず、自分ひとり生活するだけで精いっぱいだ。自分が選んだことを納得できるほど頑張っていない。そのくせ誰かに認められないと泣きたくなる。もう田舎には帰りたくない。帰るけど。

 

そんなことがあったので、年始に行きたいと思っていたロッキンソニックに行くかどうか迷っていた。姉が子どもを育てて、妹が新しい生活を始めて、母がみんなを支えて、その中でわたしだけが自分を優先して自分だけを満たしていて、そんなことが許されるのだろうか。

結局、うだうだ面倒なことを考えながら行った。自分に甘いのだから、こうやって言い訳していることもダサい。わたしはこれからもずっと自分を優先して生きることに言い訳ばかりするのだろう。

 

何も言い訳せずに言うと、どうしてもWeezerがみたかったのだ。ブルーアルバムを完全再現すると聞いて、それを楽しみにしていた。ブルーアルバムはわたしが生まれた年に出たもので、はじめて聴いたのはたしか中学生の頃だった。

今日みたWeezerもはじめて聴いたときと変わらなかった。一昨年ライブでみたときより、音響のせいか歌いづらそうだったけど、渇いていて力強い演奏とやさしくてさみしい歌があった。音楽とも本質とも外れたことを言うけど、続けることの輝かしさを感じて泣けてしまった。30年前に生まれた曲がいまこうして同じ輝度で聴けて、わたしも生き続けて自分で選んでここにいると思うと、たまらない気持ちになった。わたしの人生の選択は正しくなくても、今日はこれも間違ってなかったと言える。

会場の人もみんなWeezerを愛しているようで、居心地がよかった。「Only In Dreams」で静かにフェスが終わり、電車に乗り、わたしは自分の暮らしに戻った。

 

明日から会社だ。また嫌な日々が始まる。でも、始めたことをしばらくはどうにか続けようと思えたので、もう少し踏ん張る。

愛のタンク

今年の夏、職場の人と流れで占いに行った。高校生の頃、明るくてかわいくて素直で羨ましくてたまらなかった女の子が同じ誕生日だと知ったときから、占いを信じる気持ちはほぼなかったけれど、自分でもどうしようもない性格の部分についてやさしく的確に指摘され、あぁ、これは統計と話術とひととなりが成すものだと感動したのだった。


その後、また職場の人と同じところへ行くことになり、前よりも長い時間話すことになった。

わたしは「愛の入るタンク」が大きいため、誰かに100%愛されてもタンクが埋まることはなく、誰かを100%で愛しても相手は受け止めきれないのだと言われた。自分では人を愛する能力が低いのではないかと思い悩んでいたりするのだが、愛のタンクが人より大きいだけだと断言されたら孤独も救われる気になった。

それと、人間関係において95%親しくなれたとき、5%の届かなかったところを見る人だから、まず100%を目指すのをやめようと言われた。それはなかなかむずかしい。


姉に子どもが生まれ、自分の人生は何なのかと考える時間が増えた。仕事を頑張れば救われる気になるが、薄給で誇れるような大した仕事もしてない。人と親しくなることができない。冷静になればすべてが空しい。

でもわたしの人生は良くなると言われたから、少しだけ、良くなるのだろうと漠然と信じることができる気がする。

海底と衛星

体調が悪くて頭が回らないが、『違国日記』最終巻を読んだ。何度読んでも、生きる人間のまなざしと救いのある物語だった。


たまに海底で生きている想像をして、ひとりでいることに納得しようとするのだけど、笠町くんの言う「衛星」は理想的だなと思った。衝突しないくらい、軌道を逸れないくらい、の距離で人を大切に思う。ひとりで死ぬとしても、ひとりぼっちではない。これからもひとりだと思い悩まなくても良い。


最終巻はずっと泣いていて、好きなシーンを挙げたらキリがないのだけど、読み終えた後に醍醐が言っていたことを繰り返し考えていた。

この話とはまた違うけど、昔好きな人に「何の努力もせず好きになってもらおうと思うな」と言われたとき、自分にその考えが全くなくて何を言っているのかわからなかったことを思い出した。わたしはずっと、草花が揺れているのを眺めていたら自然と大事なこと全部分かり合えるような、そんな奇跡のようにぴったりとはまる関係を特別に愛するべきだと思っていた。わたしは誰かを大切にするために心を砕いたことも、しんどい努力をしたこともないのだと思う。もしも人と分かり合いたいのならば、それじゃだめなんだろうなぁと痛感したのだった。

 

何を言いたいかわからなくなってきたので寝ます。