愛のタンク

今年の夏、職場の人と流れで占いに行った。高校生の頃、明るくてかわいくて素直で羨ましくてたまらなかった女の子が同じ誕生日だと知ったときから、占いを信じる気持ちはほぼなかったけれど、自分でもどうしようもない性格の部分についてやさしく的確に指摘され、あぁ、これは統計と話術とひととなりが成すものだと感動したのだった。


その後、また職場の人と同じところへ行くことになり、前よりも長い時間話すことになった。

わたしは「愛の入るタンク」が大きいため、誰かに100%愛されてもタンクが埋まることはなく、誰かを100%で愛しても相手は受け止めきれないのだと言われた。自分では人を愛する能力が低いのではないかと思い悩んでいたりするのだが、愛のタンクが人より大きいだけだと断言されたら孤独も救われる気になった。

それと、人間関係において95%親しくなれたとき、5%の届かなかったところを見る人だから、まず100%を目指すのをやめようと言われた。それはなかなかむずかしい。


姉に子どもが生まれ、自分の人生は何なのかと考える時間が増えた。仕事を頑張れば救われる気になるが、薄給で誇れるような大した仕事もしてない。人と親しくなることができない。冷静になればすべてが空しい。

でもわたしの人生は良くなると言われたから、少しだけ、良くなるのだろうと漠然と信じることができる気がする。