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2016年8月31日

おじいちゃんは末期の肺がんで、もうあとどのくらい生きていられるかわからない状態が長く続いている。
今日は姉の仕事が休みだったので、姉と妹とわたしの3人で行ったのだけど、それがおじいちゃんは嬉しかったようで、手品を披露してたくさんお喋りしていた。
この手品は、おじいちゃんの特技で、特技といっても3つしか持ち技はないけれど、昔から楽しくなると何度も何度も3つの手品を繰り返し披露してくれていた。今日も1時間弱ずっと3つの手品を披露し続けて、たまに起き上がって、やっぱり苦しくて横になって、話すと喉が渇くと言って苦しそうにお茶を飲んで、また手品をして、同じ話を何度も何度もして、呼吸が荒くなって、酸素を吸入して、また手品をして、わたしはたまらなく寂しくなって、とても泣きたくなって、ずっと大げさに笑っていた。そうしたらおじいちゃんはもっと楽しそうになって、声も大きくなって、わたしはますます泣きたくなって、でもおじいちゃんは今日みたいにお喋りできることが奇跡的なくらいだから、最後には倒れるみたいに寝て、おばあちゃんはそれを見て明日も手品見に来てねと言っていた。

わたしのなかで、田舎のイメージはおじいちゃんそのもので、その田舎は、わたしには暮らすに耐えられなくて理由をつけて逃げるほかなかった田舎で、それは今も変わらないけれど、10年後20年後に思い出すのは、今日の手品をし尽くして声が出なくなって嫌味も噂も言わず弱く笑うだけのおじいちゃんだと思った。そんな一日だった。明日はおじいちゃんの90歳のお誕生日です。