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奥沢にも降る雨

反対側のドアが開きますって電光掲示板が光ったから、なんとなく振り返って、窓の外の奥沢にも降る雨のことをぼんやりと見て、あとはもうずっとずっと電車は景色と平行に動いて、気がつけば日吉に着いていた。電車が昔から好きだ(地元は汽車だけど)。乗ってしまえばどこかへ着いてしまって時間が曖昧になる気がする。
東京に来て一ヶ月が経った。自分の家がなかなか自分の家にならなくて困る。台所、机、布団、クローゼット、本棚、玄関、お風呂場の順に慣れていって、まだトイレと洗面所ではそわそわする。引っ越してから一週間くらいは朝も夜も泣いていて、生きていけないと思ったけれど、知り合いの家に初めて行ったのに誰もいなくて知らない土地の知らない人ばかりの街で知らない家にひとりきりという気分になっていただけで、この駅では売店側の改札を使うとか、あそこのスーパーは火曜日が安いとか、朝眩しいから枕をこっち側にしようとか、自分の中で整うところができてくると半分は平気になった。
東京は愛媛よりも夜になるのがずっと早くて、電車から見た奥沢にも降る雨のことも全部忘れてしまって、うずくまって時間が過ぎるのをただ待ちながら、銀河に咲く水仙のこととか宇宙空間を自由に泳ぐ魚のことを考えて、目が覚めたら遠い国の小さな丘になっていることを願って、無理やり眠って、東京は朝になるのもずっと早いから、あとはもうどんなに悲しくても窓の外が明るいことに救われるしかなくて、顔を洗って着替えてお茶を飲んで外に出て、やっと奥沢にも降る雨のことを思い出して、売店側の改札を通って、また日吉までの間揺られるだけの体になる。